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2007.08.19

田中正造先生への旅(4)

夏休み最終日。カーテンの隙間から漏れる陽射しで起床、それほど寝坊でもなく。正造先生への旅の第4弾へと出発した。

まずは国道50号を東へ。足利市街を左に見ながら、通り過ぎてしばらく行った辺りで左折。県道を市街へ少しバックしたところにある「寿徳寺」へ。正造先生の分骨地としては一番最近に発見されたところである。

Jutokuji1前々回の時は駐車場がない、と飛ばしたのだが、今日は近くの脇道にハザード点けて車を止め、駆け足で見てきた(実際は寺の敷地内まで入ると駐車スペースはあったのだが。県道からは見えなかった)。

また50号に戻って佐野市内へ。次は「惣宗寺」。実はこの寺=佐野厄除け大師であることを、前回の旅終了後に知った。世間的には、やはり厄除け大師の名前の方がよく知られているであろう。

Soushuji0031 Soushuji0011 Soushuji0021 この寺は先生が終生、活動の拠点にしていたところである。石川啄木が学生時代に、先生の直訴事件に触れて詠んだ歌の碑もあった。厄除け大師に訪れる人は、暑さがぶり返した今日も多かったが、大師にお参りせずに正造先生のお墓参りだけをするのは俺くらいだった。

佐野市内で昼食後(やたらと行列の出来ているラーメン屋があってちょっと並んでみたかったけど、またの機会に)、前回訪れた渡良瀬遊水池へ向けて車を走らせると、遊水池の少し手前で「田中霊祠」が現れる。

Tanaka_reishi0011 Tanaka_reishi0021 Tanaka_reishi0041 Tanaka_reishi0031ここは選挙の時に、候補者がよくお参りに来るらしい。県会議員~国会議員と当選を続けた正造先生にあやかろう、ということらしい。あやかるポイントが違うと思うのだが・・・。欅(?)の大木に囲まれ、蝉しぐれに包まれる。逆に不思議な静寂と落ち着きを感じた。目の前を2匹の蝉が飛び交っていった。足元の土には、彼らが出てきた穴がいくつも開いていた。左上の写真に写っているのは、我が愛車である。

その後、遊水池を左手に見ながら埼玉県に入り、北川辺町へ。正造先生の分骨地は残すところあと一つ、この町にある「田中霊場」だけである。ところが、館林の記念館でもらったパンフに載っていた地図はアバウト過ぎて、かなりグルグル回ったが最後まで見当たらなかった。ちょっと悔しかったが、明和町(群馬県)にある「川俣事件」の碑にも行っていないことに気付き、この2箇所を次回に残すことにして、前橋へ帰ってきた。まだ次があるというのは、やっぱり楽しみなことだ。

帰る途中、太田の某書店で、ようやく城山三郎氏の「落日燃ゆ」を入手。こちらも読むのが楽しみである。

Nowhere1(田中霊場を探すのを断念して、1枚。次回はもう少し下調べして行こう)

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コメント

>大師にお参りせずに正造先生のお墓参りだけをするのは俺くらいだった。

そうだろうなぁ。
続編、楽しみにしております。

投稿: ウィングたかはし | 2007.08.20 22:28

ウィングたかはしさん

正直なところ、ここまで回数を重ねるとは思っていませんでした。それは、もっとサッと回れるかなとか、途中で飽きちゃうかもとか、最初は思ったからです。

でも、始めてみると毎回吸い寄せられるように東に車を走らせているのでした。あと1回で一巡終了の予定ですが、その後自分が正造先生やこの事件とどう付き合っていくのか、の方が課題なのかもしれませんね。

投稿: LOTUS | 2007.08.20 22:50

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